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by inja369

なぜ「進撃の巨人」がヒットしたのか:巨人とは「人口減少」「年金問題」であった?

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漫画などの作品がヒットしたとき、その作品はその時代に生きる人々の心理状態を反映していると言われる。手塚治虫の『鉄腕アトム』がヒットしたときは、日本は高度経済成長期であり、人々は科学技術が人類に明るい未来をもたらすと考えていた。そのような背景があったから、人間の味方をするヒーローロボットが主人公のストーリーがウケたのである。

最近はマンガ『進撃の巨人』がヒットしたことが記憶に新しい。実は僕も読んでいて、単行本は最新刊まで全て持っている。ストーリーは『アトム』とは打って変わって、人間を捕食する巨人に、人類がひたすら追い詰められていくという悲惨なものとなっている。なぜこのような漫画がウケているのか。これはまさに、未来が見えない現代に生きる日本人の心象を表しているのではないだろうか。

※「進撃の巨人」のネタバレを含みますのでご注意ください

猟奇的なストーリー

一応、『進撃の巨人』がどのようなストーリーなのか概説しておく。

世界に突如として現れた、人間を捕食する存在「巨人」。人類の抵抗も虚しく、圧倒的な力の前に追い詰められてしまう。しかし人類は、高さ50mの巨大な壁を3重の円状に作り、その内側に国家を作ることで生き伸びることに成功した。

それから100年後の世界。壁の内側に生まれた少年エレンは、壁の外の世界に出ていくことを夢見る「変わり者」だった。彼は、壁に守られて窮屈な平和に安住している人々を「家畜のようだ」とさえ考えるほど、探究心・冒険心に溢れていた。

そんな日々を送る中、50mを超える身長を持つ「超大型巨人」が突如として現れ、一番外側の壁を破壊する。巨人が次々と流れ込み、人類は2番目の壁の内側まで逃げることを余儀なくされる。逃避行の最中、エレンは母親を巨人に食われてしまい、巨人への復讐を決意。エレンは、壁の外側に出て巨人の秘密を探る兵団「調査兵団」に志願し、選ばれた勇士たちと共に反撃を開始する――。

ストーリーや世界観はとにかくシビアであり、主人公の仲間を含め、人間が巨人に食われてしまうグロテスクな描写も多い。巨人のデザインも、人間の裸体に近いものや、理科室に置いてある筋肉剥き出しの人体模型のようなものなど、あまり見ていて気持ちのいいものではない。一見、およそ大衆受けするようなシロモノには思えないが、これが人々の心を掴んだのである(僕も面白いと思う)。

※参考 超大型巨人

www.pixiv.net

現代の「巨人」

今の日本社会には様々な問題がある。中でも「人口減少」「少子高齢化」と、それに伴う「年金問題」は深刻なものだ。

「2030年問題」という言葉がある。2030年には、人口の1/3以上が高齢者となると予想されているのだ。さらに、2060年には人口が約8600万人まで減少すると内閣府が予想している。若年層が減れば、労働人口が減ることになる。しかし高齢者の割合は増える一方であるから、高齢者を養うことが厳しくなる。果たして年金制度がこのまま破綻せずにいられるのかと不安に思う人が多い。

www.recruit-ms.co.jp

加えて、日本は長い不景気・デフレに悩まされている。漫画の読者層である若者は、生まれた時から不景気で、インフレや好景気を経験したことがない人々だ(僕もそうだ)。好景気であった時代もなくもないかもしれないが、社会人でなければ実感することはないだろう。

確かに日本は戦争することもなく平和だが、漠然とした、得体の知れない不安に覆われている。そうした人々の心象に、「進撃の巨人」の世界観がマッチしたのではないだろうか。

「王」「貴族」「憲兵団」という既得権益層

「進撃の巨人」の世界の、一番内側の壁の中、つまり人類世界で最も安全な場所には、人類を統治する「王」と「貴族」がいる。彼らは人類を搾取し、私益を貪る腐敗した既得権益層である。王を守る使命を持つエリート戦士集団「憲兵団」さえも、巨人を倒す為の訓練という過酷な競争を勝ち抜いた「勝ち組」による既得権益集団となり、勇ましく巨人と戦う「調査兵団」とは対照的な存在となっていた。

この既得権益層は何を象徴しているのだろうか。これは、「政治家」や「官僚」といったエリート階級、さらには将来若者にとって敵対層となりかねない「高齢者」ではないだろうか。

今の若者には、高齢者に対して敵対心を抱くものが少なくない。前述したように高齢者は年金問題によって若者にとっての脅威であり、職場などにおいて自分たちを「支配」する存在である。

さらには、選挙という場において、高齢者は若者にとって脅威に映る。少子高齢化によって高齢者の人口比率が増加しているのに加えて、もともと高齢者は投票率が高い。政治家は票を多く獲得できるように戦略を練るから、構造的に若者は選挙において不利である。実際に高齢者と若者が敵対するのはどうかはさておき、この状況が若者を不安にさせるのは事実である。

※参考 総務省|国政選挙の年代別投票率の推移について

ネタバレになってしまうが、「進撃の巨人」の王や貴族たちは革命によって主人公たちに倒されてしまう。若者によって支配層が打倒され、新しい秩序が作られる過程を描くことは、今の若者たちの心持を象徴しているように思える。

エレンは壁の中の世界から「脱出」するのか

日本の将来を悲観して、「日本脱出」を考える若者さえいる。そう悲観的にならなくとも、能力のある若者は、グローバリゼーションの進む時代の中で、世界を舞台に活躍したいと考えたりもする。いずれにしろ、国家や社会に頼って生きていくのは不安だと考えるのが大勢ではないだろうか。

個人的には、堀江貴文氏の著書「君はどこにでも行ける」を思い出すのだが、いろんなところで言われているように、日本は既に昔のようなイケイケドンドンのナウなトレンディ国家ではない。堀江氏の意見はそこまで悲観的なものでもないのだが、少なからぬ若者は日々のニュースから日本の将来を不安に思っているだろう。

「進撃の巨人」はまだ連載中の漫画であり、主人公のエレンが最終的にどんな結末を迎えるのか妄想が尽きない。人類社会から飛び出して壁の外を自由に旅するのか、あるいは人類社会に残って発展に貢献する道を選ぶのか。僕としては多分前者になるのではないかと思う。それはもちろん、エレンの性格には世のため人のために尽くす道なんて似合わないと思うのもあるが、鬱屈とした世界で生きるわれわれ読者にロマンを与えるために適した結末であるとも思うからだ。

ひょっとすると「進撃の巨人」は、「鉄腕アトム」と同じように時代を象徴する漫画として語られるようになるのかもしれない。いつか過去を振り返ったとき、「進撃の巨人」とは自分にとってなんだったのかを考えてみることを、将来の楽しみの一つとしておくのも悪くないかもしれない。