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by inja369

時間を有意義に使うための考え方:時間を投資しよう

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「時は金なり」という言葉がある。時間はお金と同じくらい用途が多彩であるが、無限にあるわけではない。だから、できるだけ有意義に使いたいと多くの人が考えるだろう。今回は、「生産性を高める」ことを重視した考え方を提示しようと思う。この考え方は「成果を出したい」「目標を達成したい」という欲求を叶えるものであり、「楽しく過ごす」ことには向いていない。今記事を読み進める際にはそのことをまずご理解いただきたい。

「投資」と「消費」の概念について理解する

お金に「投資」と「消費」の使い方があるのと同様に、時間にも「投資」と「消費」の使い方がある。では「投資」「消費」とはなんぞやということになるが、両者の定義を簡単に述べると、投資とは将来の大きな利益のために投入することであり、消費とは今すぐに獲得できるもののために対価として支払うことである。これでは少しわかりにくいので具体的な例を挙げよう。

お金の例

まずお金を例にして考える。お金を投資しようと思って、株を買ったとする。株を持っていれば一定期間ごとに配当金が貰える。一回に貰える金額は大したものではないが、長期間株を保有し、配当金を貰う機会が何度もあれば、手元に入ってくるお金はかなりのものになる。その金額は株を買うために支払ったものの何倍にもなるかもしれない。少額の投資で大きな利益を得るのである。これが投資的なお金の使い方である。

消費的なお金の使い方は、一般的な買い物を思い浮かべてもらうと良い。食べ物や娯楽品のような消耗品を買ったとする。食べ物は消費期限が来る前に食べてしまい、娯楽品も一通り楽しめば不要になってしまう。お金を払って手に入れた物の活躍はそこで終わりであり、お金も出ていったままで、あとには何も残らない。これが消費的なお金の使い方である。

時間の例

次は時間を例にしてみよう。投資的な時間の使い方とは、例えば資格を取るために勉強をするとか、健康的な身体を維持するために軽い運動をする、といったものである。これらの将来における利益は学歴や資格、教養、健康、寿命などであろう。反対に消費的な時間の使い方は、バラエティ番組を見て楽しむことや、食欲を満たす為に焼肉の食べ放題に出掛けるなどである。これらは主に欲求を満たすという即時的な見返りを目的にした行為である(リラックスしたり疲労を回復したりして次に繋げるという目的であれば投資的かもしれないが)。

タイトルにもある通り、この記事の主張は「時間を投資的に使おう」ということである。投資と消費の違いを理解して、将来大きな利益を獲得する為に時間を使うことを意識することが基本的な考え方である。

消費的に過ごすことを避けるための考え方

考え方を理解しても、そもそも投資する為の時間がなければ実行できない。ここからは、時間を作るための方法の例を挙げていこう。

テレビやインターネットで取り入れる情報を取捨選択する

テレビや新聞などのメディアの中には有益な情報を配信しているものも多いが、その一方で時間を消費させるための情報もかなり多く含まれている。メディアは商売であるから、多くの人に見てもらい、お金を稼げなければお話にならない。だから、なんとしても見てもらおうと考える。そこで行うのが、感情に訴える情報を流すことである。有名人が捕まった、どこかで事件が起きた、面白いイベントがある、美味しい食べ物がある、誰と誰の熱愛が発覚した…などが例である。このような感情的な情報は非常に目を引き、面白い記事にしやすい。しかも尽きることがないから、材料にするにはうってつけである。

インターネットには、上記と同じ手法を取るニュースサイトに加え、SNSや、2ちゃんねるといった掲示板のような、生の人間と交流する場所がある。そこは、より多くの感情的な情報で溢れている。人と人が交われば楽しそうなイベントがあったり、逆に炎上沙汰のような一言申したくなる出来事もある。感情を動かされて、ついつい興味を持ってしまい、人の輪の中に入って行きたくなる。そういった気持ちもわかるのだが、そのために使う時間が果たして「生産的か」と考えると、疑問符が付く。

面白味の無い言い方になってしまうが、一時的に楽しい時間を過ごすことができたとしても、それによって次に繋げるためになるものが獲得できることは少ない。情報に触れている間は楽しいかもしれないが、終わってしまえばそこまでである。「楽しかった」「良いこと言ってやった」「論破してやった」といった満足感は残るかもしれないが、自分が進歩したかというとそうでもないのだ。悪い場合には、いつの間にか数時間が経っていたが自分は一体何をしていたのだろう、と後悔する場合さえあるだろう。そうなってしまえば時間の無駄である。

そもそも、自分にとって本当に重要な出来事や情報は、世の中にそんなに多くは転がっていない。ほとんどが雑多なノイズである。どこか遠い地で起きた小規模な事件や出来事、ネット上で勃発した小競り合いが、貴方の人生に与える影響はほとんど無いか、ゼロである。そうしたことに逐一関心を取られてしまっては、自分の為に時間を使うことは困難になる。何が自分にとって重要な情報なのか。それを常に考えて、取り入れる情報を取捨選択することが、時間を有意義に使うための考え方である。

承認に対する執着を捨て、人間関係をスリム化する

人間関係の構築と維持には相応のコストがかかるが、特に必要なのは時間である。心理学に「単純接触効果」という用語があるが、人は触れた回数が多いものに愛着を抱きやすく、人間に対してもそれと同様なのだという。信頼関係を構築するには時間が必要なのである。

家族や職場の人間関係はその良し悪しが居心地に直結するので最低限のコミュニケーションは取らなければならない。しかしそれ以外の、必ずしも構築する必要が無い人間関係まで作ろうと思ったら、かなりの時間を要するだろう。自分の時間を作るため、無駄な人間関係を作らないというのが二つ目の考え方である。

人間には「他者に認められたい」という欲求が備わっている。だから、異性にモテたい、人に尊敬されたい、ナメられたくない、友達が欲しいと考えるのである。しかし、感情的な要素を排してみると、人に認められることはさほど重要ではないと理解できる。「すごいね」「上手いね」「かっこいいね」と言われることでは、何か獲得したり、能力が上がることはない。努力した結果の賞賛は確かに嬉しいものだが、それはあくまでも結果に対する付随物であり、執着するほどの価値は無い。

仲間に囲まれた気持ちのいい環境にいると、ついついその場に留まっていたくなる。しかし、狭い世界の中で過ごしていると、進歩的な考えや生産性に満ちた時間の使い方ができなくなってしまう。僕が以前いた会社の上司は「居場所を作ることは大事だ」という言葉をかけてくれた。とてもありがたかった。しかし僕は「絵を描いて生きていく」という夢を諦めきれなかったため、会社という枠を飛び出した。その決意があったからこそ、今の自分があるのだと確信している。

ときには人間関係よりも優先するべきことがある。そのことを理解し、承認に対する執着を捨て、自分が辿るべき道を真っ直ぐと見つめること。そして必要あらば居心地のいい場所を飛び出し、新天地に向かって前進しなければならないのである。

時間の使い方:自分に投資する

よく言われることなのだが、一番確実な投資先は自分自身である。学習することによって蓄積される知識や教養などの個人的資質は「文化資本」と呼ばれていて、個人の財産形成に大きく影響すると言われている。つまり、勉強することは将来の利益を獲得する為の確実な道なのである。

精神的な資本を作る

利益とは経済的なものだけではなく、精神的な満足や強さも含んでいる。例えば、同じ状況でも落ち込んでいる人と、前向きに明るく振る舞う人がいるのは、精神を安定させるような考え方を知っているからである。心というのは外部から直接影響を受けているのではなく、心と外部の間に存在する「解釈」に影響されているのである。その解釈の仕方を学べば、精神を安定させ、前進する強い力を獲得できる。精神の強さ、前向きな考え方というのも、立派な個人の資本なのである。

広く浅く学ぶ

学習の深度は学習時間に比例しない。初心者から中級者程度になるためにかかる時間と、中級者から上級者・専門家になるためにかかる時間は同じではない。学習が深くなればなるほど覚えるものが多くなり、内容もニッチになっていくから、手間がかかるのである。しかも、ニッチな知識は活かせる分野が狭いので、使おうと思っても使えない場面が多い。ゆえに、様々な分野を満遍なく勉強するのが一番効率の良い学習方法である。

概説書にも載っているような初級・中級の知識は、基礎的な内容ゆえに汎用性が高く、さまざまに応用が効く。学際的な知識を持っていれば、分野を横断して知識を組み合わせて独創的なアイデアを考えだせるかもしれない。知識と知識の掛け算は、ときに爆発的な結果をもたらしてくれる。得意分野の組み合わせを活かせば、社会的人材としての希少価値も高まるはずだ。